『加沢記』昌幸公子持山御参詣並縁起之事

本文

天正九年七月中旬、昌幸公は子持山へ御参詣有んとて山名主水、同彌惣父子三人、發知図書、同兵庫、中山安藝守、同右衛門、鈴木主水、長瀬伊賀守御案内にて藤田信吉、金子美濃守、渡邊左近御同道有て御供廻三百餘騎也。川原左京進、矢野半左衛門尉、利根川を船にて御渡り、川田丶丶丶丶猩ノ薬師御参詣、從夫溝口通に上山し給ひければ笹尾明神の別當先達して山中へ分入給て御手洗、末ノ瀧、空海ノ護摩所、大日如来御禮拜有て夫より本山に登り給へば前橋、高崎、惣社邊不残御遠見有て本山明神へ御参詣也。嶽坊立寄御對面有ければ昌幸公、信吉左右へ分て御著座有て明神の縁起御尋有ければ別當幣帛を捧て一々之を宣たりける。抑々此山と申奉るは、昔はタケべ山と申けるが今此明神御住おはしませしより子持山と申す也、そもこの明神と申奉るは(已下闕文)

引用元

『加沢記 : 附・羽尾記』 出版者:上毛郷土史研究会

(国立国会図書館デジタルコレクションから)

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